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アメリカ労働組合とトランプ大統領

 2017120日、アメリカに新たな大統領が誕生した。まさかと思われていたことが現実になった。アメリカ国民は、なぜトランプ氏を当選させたのか。アメリカの労働組合は、大統領選挙にどうかかわったのか。これらについて検討し、今後のトランプ政権下で予想される労働政策と、これからの労働組合の動きについて考えていきたい。

  大統領選挙の一般投票でトランプ候補(共和党)に投票した人は、約6,298万人。一方、クリントン候補(民主党)は約6,584万人。クリントンの得票数が300万票近く上回る。しかし、この一般投票は、大統領を直接選出するものではない。大統領を選出する「選挙人」を選ぶためのものだ。州ごとの一般投票で、1票でも多い候補がその州に配分された選挙人をすべて獲得する仕組みである(一部例外あり)。この仕組みにより、クリントンは一般得票数では勝ったものの、選挙人得票数でトランプに負けてしまった。

 トランプの勝因は、今まで民主党が強かった、ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、といった五大湖周辺の州を軒並み獲得したことにある。日本のメディアでもさかんに報道されているいわゆる、「ラストベルト」と言われる地域である。炭鉱に近く、五大湖の水運にも恵まれ、歴史的に製造業で賑わい、アメリカの豊かさを牽引してきた。しかし、アメリカの産業構造がサービス産業にシフトしてきたことや、製造業自体もオートメーション化や新しい技術分野の台頭により変化したことにより、経済発展から取り残された地域になってしまった。ラストベルトとは、錆びついた一帯、という意味である。

 報道で耳にするのは、この地域の主に白人男性の労働者がトランプを熱狂的に支持している、ということである。では、労働組合もトランプを支持していたのだろうか。それどころか、労働組合はクリントン支持、トランプ阻止のために、1,000万ドルもの資金を投入して運動したのである。労働組合がクリントンを支持したのは、従来から民主党は親労働組合、共和党は反労働組合、という構図があったからだけではない。オバマ政権が打ってきた数々の施策を、労働組合が高く評価していたからである。オバマケアと通称される、国民皆保険制度により、今まで健康保険に加入できなかった人々が安心して医療を受けられるようになった。アメリカの失業率は、2010年の9.61%から年々減少を続け、2016年に初めて5%を割り、4.9%まで下がった。貧困層は縮小し、2015年の中位家計所得の前年度比上昇率は、統計を取り始めて最高の5.2%を記録し、年間所得は56,500ドルに達した。また、オバマ大統領は労働組合の要望を次々に大統領行政命令として実現した。連邦政府事業の契約業者の労働法違反開示を義務化し、最低賃金10.1ドルを制定、それまで無休だった病気休暇を有給化し、残業手当の支給制限(日本で言うところのホワイトカラーエグゼンプション)の年収上限を23,660ドルから47,476ドルへ引き上げ、労働組合結成手続きを簡素化し、大学院生の労働組合組織権を認めた。民主党のオバマ大統領がこれだけの成果を上げたのだから、今回の大統領選挙でも、組合員は当然クリントン候補を支持するだろう、と組合幹部はタカをくくっていたのではないだろうか。

 ところが、これは大きな誤算だったのである。大統領選挙の出口調査には、あなたの家族に労働組合員はいますか、いませんか?という質問項目がある。このデータによれば、クリントン候補は4年前の大統領選挙におけるオバマ候補と比べて、組合員家族の支持を大きく減らしているのである。ラストベルトの一角、オハイオ州に至っては、組合員家族のトランプ支持率はクリントンを上回っている。アメリカの労働組合が、技術革新や経済成長の恩恵に取り残された労働者たちがいること、その痛みや怒りを無視してきたこと。これらがトランプ大統領誕生を許した、と言えるのではないだろうか。

そのツケは大きい。トランプ大統領はオバマケアを始め、オバマの実施してきた福祉・労働政策のほとんどを反故にすることを表明してきた。また、ユニオンショップ制を取る職場で組合費を払う義務を撤廃する連邦法の制定をもくろみ、労働組合の資金力を削ごうとしている。トランプ政権の労働長官候補アンドリュー・プッダーは、大手のファーストフードチェーンの経営責任者で、最低賃金や残業手当支給制限年収の引上げに強く反対してきたことで知られる人物だ。トランプは、1兆ドルの公共事業を公約にしているが、最低賃金条項の撤廃により、労働者に恩恵が回らない可能性が大いにあるのである。

トランプ政権下で強い逆風にさらされる労働組合は、この事態にどう対処しようとしているのか。社会を支え、持続的な経済発展を可能にする中間層の声を最も良く代弁し、効果的に実現できるのは、労働組合しかない。その認識と共に、「誰が大統領であろうと労働組合は闘う存在であり、組合の活動こそが賃金の上昇とよりより雇用の創出をもたらすのだ。我々は闘い続けなければならない」(国際サービス従業員組合(SEIU)の委員長)とアメリカの労働組合は気を引き締めている。それと同時に、今までと違った新しい闘い方も生まれてきている。アメリカの労働法では組合結成ができない労働者を組織化し、その要求を代弁する動きや、トランプ政権下で同じように闘いのこぶしを固める、女性団体、人権団体、環境保護団体などとの連携もある。昨年、4つの州で最低賃金引上げを勝ち取ったFight for 15(時給15ドルへの闘い)も新しい闘い方として注目されている。労働組合が市民団体等を広く巻き込み、全米で一斉に行われている運動だ。各地域で人々が集まり、声をあげるだけでなく、その地域の議員に働きかけ、最低賃金引上げの住民投票の実施を実現し、成立させた。この運動は今も継続中で、トランプ政権に一歩も引かない姿勢を見せている。

トランプが大統領に選出されたのは、アメリカの国民が右傾化し差別主義的になってきた結果ではないか、という懸念があるかもしれない。しかし、冒頭で述べたように、一般得票数で勝ったのはクリントンなのである。トランプ勝利で、右翼や差別主義者たちが自分たちの主張が通ったとばかりに、その行動や発言が活発になってきたのは事実だ。しかし、アメリカの労働組合と多くの市民は、トランプ新政権に対し、反対の声をあげ、より創造的な闘争方法を用いながら、労働者の生活の維持と向上に向けて闘い始めた。120日の大統領就任パレードのすぐ横で、大規模な抗議デモが行われた。ワシントンだけではない、全米各地でトランプ大統領に抗議する人たちが声をあげている。就任式翌日の21日は女性団体を中心とする反トランプデモが各地で行われ、その動きを支持する世界各国の人たちがそれぞれの地でデモを繰り広げた。女性団体を支持し、多くの労働組合員が行動を共にしたのは無論である。新しい政権は、これからも続くであろう労働組合と市民の一致団結した反対行動を無視できなくなるだろう。

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